日常的風景


学校からの帰り道、わたし−遠坂凛─は重い足取りで家へと向かって歩いていた。
数日前、聖杯戦争が始まってからというもの、頭の痛いことばかり立て続けに起こってくれる。
学校に行けば厄介な結界が張られているし、協力関係を結んだ相手は間の抜けた行動ばかりしてくれるしで気の休まるときなどない。
聖杯戦争が始まったからにはこうなるであろうとは覚悟していたけれど、今の状況は予測の範疇を大きく越えている。そしてそのほとんどは召喚したサーヴァントとあの頼りにならない協力者によるものだったりする。
でも、こんなことぐらいでくじけるようなわたしではない。
聖杯戦争に勝利する。それは魔術師として当然の願望であり、また遠坂の当主としての責務だ。
その目的のためにはどんな苦労であろうと厭わない。
けれど・・・さすがにここ数日の慌ただしさには滅入ってばかりだ。
正直にいって精神的には疲労困憊だったりする。
こういうときには早く家に帰ってゆっくりと休むに限る。
わたしは重い足を叱咤して家へと急いだ。


ようやく家にたどり着き、大きな扉を開けて中へと入る。
ガチャ
「ああ凛、帰ったのか。おかえり」

「・・・・」

出迎えてくれた声に一瞬言葉を失う。
びっくりした。
『おかえり』なんて、父さんが亡くなって以来かけられることがなかったから。
それもこのサーヴァントがいうとは・・・・はっきりいって意外だ。
というか似合わない。
英霊なんていう現実離れした霊的存在に日常的なものなんて。
そんなことを思われているとは気づいていない様子で、アーチャーはわたしの方をじっと見ている。
「どうした、呆けた顔をして」
「えっと、そのおかえりなんていわれるの久しぶりだったからちょっと面食らっただけ」
「ほう」
ついつい正直にいってしまったのを聞いて、アーチャーはニヤリと笑った。
「そのくらいで驚くとは凛もまだまだ修行が足りないようだな」
「なんですってぇ!」
前言撤回。
こいつはやっぱり生意気だ。
少しは見直そうなんて考えた自分がバカだった。
「あんたが似合わないこというからでしょう。調子が狂うじゃない」
「心外だぞ。俺はこれでも礼儀を重んじる質なのだからな。ところで凛、なにか言い忘れてはいないか」
「あ」
アーチャーの一言ではた、と我に返る。
確かに言い忘れていたことがある。おかえりといわれて返す言葉といえばひとつしかない。
「そうね。ただいま、アーチャー」
サーヴァントに指摘されて、というのは気に入らなかったけど、礼儀知らずと思われるのはもっと我慢ならないから、努めて不愉快さを見せないようににっこりと笑ってそういった。
「うむ、それでいい。」
むか
アーチャーが満足そうに頷いているのがまた気に入らない。
「それじゃあ着替えてくるから下りてくるまでに紅茶を用意しておいて、アーチャー」
「了解した凛」
これ以上会話を続けていたらますます腹が立つだけだとわかっていたから、わたしはアーチャーに紅茶の用意を言いつけてさっさと2階へ上がっていった。

ばん!ばん!

部屋の扉を乱暴に閉めて、持っていたカバンを壁に投げつけた。

あー悔しい。

アーチャーと話しているといつもこうだ。つくづくそりが合わないんだろう。
でも。
腹は立ったけど不思議と悪い気分ではなかった。
帰ってきたときに迎えてくれる存在があるということはいいものだと思う。
・・・・・たとえそれが気にくわない生意気サーヴァントだとしても。



END

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